NHKのETV特集でユーリ・ノルシュテインのドキュメンタリーをやっていた。僕はこれを見て、目ん玉が飛び出るほど驚いた。昔からノルシュテインは好きだったが、これをみてますますノルシュテインの偉大さに打ちひしがれた思いである。
まだ制作中の「外套」のデモ映像を見て、まるで生きているかのような絵の動きに感動した。主人公の何気ないひとつひとつの仕草が、それがまるで50年くらい生きてきた長い年輪を感じさせるものであった。これが完成したとき、「外套」はきっとアニメーション史上の最高傑作となるであろう。
ノルシュテインが番組中に語った言葉のひとつひとつが僕の胸を打った。これはアニメーションだけの世界に限らず、ホームページ制作というところでもその言葉の真意は変わらないだろう。その言葉を今後も忘れないために、僕は自分自身への戒めも込めて、このページを借りてノルシュテインの言葉を書き留めたいと思う。

【ノルシュテイン語録】

芭蕉の句で、「雪散るや穂屋の薄の刈り残し」という句があります。当たり前の風景です。だからどうしたと思うかもしれません。でも自分がある日静かに降る雪の中にいて、その雪が黄色いススキを少しずつ覆っていき、すべてが白い世界になっていくのを見たとき、その句を本当に深く理解することができます。そのためには時間が必要です。本当のことを急いで理解することはできないのです。

(若いアニメーション作家たちの前で)
あなたたちの作品は水準はとても低く、教養に乏しいと思いました。ピカソ展に行くのは、ピカソを好きでなくても、そこで考え、勉強するためです。私は、皆さんの自分の殻に閉じこもり、外に出ることを怖がっているという印象を受けました。例えばあなたの作品はとても形式的です。形式的というのは、画面の中に、見る人の心を一瞬のうちにひきつける感情の表現がないということなのです。人の心に焼き付き、イメージをふくらませるカットがないのです。これは、あいうえおの段階で作品になっていません。あなたがたの作品の多くに言えることですが、とても抽象的です。生き生きとした生活の中から切り取ってきたディテールがありません。あなたたちは毎日の暮らしの中で周囲を観察しなくてはいけません。そして面白い瞬間を発見し、記憶してください。それは人間がどう行動しているかだけではありません。例えばどう葉っぱが風にそよいでいるのか、そしてどう風が葉っぱを吹き散らしているのか、新聞が風でどう飛ばされ、歩いている人の顔にぶつかってしまうのか。すべての世界の現象を自分の中に取り込まなくてはいけません。
あなたたちは世界の素晴らしい古典を見てもっと勉強をしてください。例えば映画だったらチャップリンの「街の灯」。僕自身もあの作品から多くを学びました。あなたたちは製作者として自分の世界を作り上げなければなりません。それには勉強するしかないのです。図書館のすべてをなめつくすくらいでなくてはいけません。今あなたたちは自分の無知を怖がっています。だから殻に閉じこもるのです。知識を持つと自由になることができます。そして、あなたたちの世界も外に開かれるのです。

(キャラクター作りのヒントについて)
私の場合、始め主人公は遠くにいます。それがだんだん近づいてきて、少しずつ主人公のことがわかってきます。そしてもっと近づいたとき、「あなたはこんな人だったのか」と思うのです。「外套」の主人公アカーキーはどこでも見付けられます。例えば私が郵便局に行って手紙に住所を書いている男を見付けたとします。その人も私にとって一人のアカーキーになるのです。
とにかく絵コンテを毎日書き続けることが大切です。そのとき、昨日書いたことを忘れ、また新たな気持ちで書くのです。それが私のやり方です。

原作のある作品を映像化する場合、陥りやすい二つのケースがあります。ひとつは、たらふく食べてつまようじを使いながら、手を伸ばし、本を取り、「あ、ゴーゴリの外套ね、ま、簡単そうだから作ってみようか」といって映像化されるものです。もうひとうは、「ゴーゴリの大ファンで外套という作品が大好きだからぜひ作りたい」というもの。これは両方とも間違ったやり方です。私はこう思います。あなたが生きてきた中で、色々苦しみや悩みを味わってきましたね。そしてある日、外套を読んだとき、その一説に、「あ、この気持ち経験したことある。よくわかる」と思ったときに、あなたは作品を作ることができるのです。あなたが見付けたその小さなディテールのまわりをぐるぐるまわりながら、自分の世界を作り上げていき、それが単なる原作の映像化ではなく、あなた自身の作品を作るということなのです。

(映画を作っていく過程で)
前もって結論がわかっていて、それに向かっていくということではないのです。たえず新しい発見を追い求めることが、私に喜びを運んでくれます。そしてそれが私の心を豊かにしてくれるのです。


ユーリ・ノルシュテイン作品集

2005年5月19日