第１回
第１回
スタンリー・キューブリック
独特な視覚センスで世界を魅了した映画界随一のカルト・アーティスト
 １９２８年ニューヨーク生まれ。カメラマンから映画監督になり、完璧主義といえる態度で、寡作ながらも時代の波に流されない名作を多数残した。イギリスの監督。 |
スタンリー・キューブリックは人気が高い。その人気の秘密はやはりＳＦ三部作「博士の異常な愛情」、「２００１年宇宙の旅」、「時計じかけのオレンジ」を発表したことだろう。３作とも映画史を語るにおいて絶対に外せない傑作である。 ●独特なオブジェ キューブリックがカルト的な人気を得ることになった最大の理由は、彼の作品のそれぞれに、独特なオブジェがちりばめられているからではないか。それは見るものを興奮させてやまない。「２００１年宇宙の旅」における黒石板、そしてＨＡＬ。この２つのオブジェのもつ視覚的印象はいまだに強烈である。「２００１年」が映画史上のナンバー１作品のひとつとなりえたのはその感性である。 ●数々の特殊撮影を実験・確立 キューブリックは映画の進歩の技術に大きく貢献した。彼は他の監督がまだやったことのない演出や特殊撮影に果敢にも挑戦し、その全てにことごとく成功した。 特に有名なのは「２００１年」のフロント・プロジェクション（二枚目の写真）である。スタジオ内で演技する役者のバックに、あらかじめ撮影しておいた背景を合成させるというものだが、今までの合成映像にあった違和感が解消されており、キューブリックはこれによりアカデミー賞視覚効果賞を受賞した。 「バリー・リンドン」では高性能レンズを使って、照明をいっさい使用せずに室内での撮影に成功している。「バリー・リンドン」は今でもなお美術面において最高の作品と評されることが多い。 「シャイニング」ではステディカムという装置を使っており、スムーズな移動撮影が実現した。ステディカムは、今のスタジオでは頻繁に使われている装置であるが、その装置を最大限に生かした最初の作品は「シャイニング」である。 ●キューブリックの映画理論 キューブリックは映画には２つの要素があるということを語っている。それは「内容」と「形式」。彼が影響を受けた監督はチャールズ・チャップリンとセルゲイ・エイゼンシュテインであるが、チャップリンには「形式」を無視しても生きる「内容」が、エイゼンシュテインには「内容」を無視しても生きる「形式」があり、２人の作品を比較することで、映画が理解できるというのだ。彼が「このどちらかを選ばなければならないとしたら、チャップリンを取る」といったのは有名なエピソードである。 ちなみに、チャップリンの映画とキューブリックの映画の両方に出演した唯一人のスターであるアドルフ・マンジューは、キューブリックを見て、「最もチャップリンに似ている監督だ」といったという。 ●ロック・ミュージシャンも納得の音楽センス みんなが恐れ崇めていたキューブリックの才能のひとつに、音楽センスがある。ジャズ奏者としての経験も豊かな彼ゆえに、あたりまえといえばそうかもしれないが、その描き方が異常なまでに驚異的なので、ロック・ミュージシャンの間からも、しばしばお手本にされる。「２００１年」で＜ツァラトゥストラはかく語りき＞＜美しく青きドナウ＞をこれ以上ないイメージで宇宙と結びつけたその頭脳はいったいどうなっているのか？ 「時計じかけのオレンジ」でのベートーベン、「バリー・リンドン」でのヘンデルなどなど、彼の映画は全て映像と音楽が見事にシンクロしていた。キューブリックこそ最高のロック映像アーチストだったという音楽評論家も多数いる。実は、かのビートルズも次回の主演映画の演出をキューブリックに依頼したことがあったのだ。 ●黒澤明も大絶賛「バリー・リンドン」 日本のみならず、世界において最高の監督との誉れが高い黒澤明。この大巨匠がキューブリックの「バリー・リンドン」に腰を抜かした。黒澤監督が、この映画を見た後にキューブリックにお褒めの手紙を書いたという逸話もある。「バリー・リンドン」はキューブリックの作品にしてはあまり知られていないが、映画マニアの中にはこれを彼の真の最高傑作という者も少なくない。１８世紀ヨーロッパを細部まで再現したその力量と、葉っぱ一枚一枚の輝きが確認できるほどの透き通った映像美、そして民謡やクラシックの絶妙な引用が功を奏しており、落ち着いた満足感を味わわせてくれる大作だ。特に軍隊が横一列に並んで行進していく戦争のシーンにあふれるロマンチシズムの広大さは計り知れない。これを見ずしてキューブリックを語るなかれ。 |
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