1966年イギリス映画
監督・脚本・音楽:
チャールズ・チャップリン
撮影:
アーサー・イベットスン

出演:
マーロン・ブランド、
ソフィア・ローレン、
シドニー・チャップリン、
ティッピ・ヘドレン

 
最後のチャップリン映画は異色作

 喜劇王チャールズ・チャップリンの映画もこれが最後です。なんだか少し残念ですね。チャップリンの映画監督としてのキャリアは世界一だったので、もっといろいろな映画を作ってもらいたかったのですが。
 チャップリンは自作自演で何から何まで自分でやってしまう完璧主義者として有名でしたが、だいぶお年だったのでしょうか、この映画では製作と主演はしていません。そのため、チャップリンの映画としては最も異色の一本になっています。ワイドスクリーンとカラーフィルムが嫌いなはずのチャップリンが、初めてワイドで色鮮やかなカラーの映画を作ったということも当時は相当なニュースだったのではないかと思っています。
 結果として、本作は賛否両論でした。反対派の意見としましては、かつてのチャップリンの毒のきいたメッセージがなく、刺激が足りないということと、チャップリンそのものがいないということが大きな欠点だというものです。対して賛成派は、この時代にこれほど古典的なコメディを見られるのは嬉しいという、一種ノスタルジーに駆られた意見でした。同情票みたいなものだったのかもしれません。ノスタルジックな音楽(チャップリン作曲)が、その思いを更に深めさせるのです。

 僕としましては、「伯爵夫人」は大好きな作品でして、もっと高く評価されるべきだったと思います。この当時はニューシネマ全盛期でしたが、その中で「伯爵夫人」は実に古典的な演出を見せてくれました。チャップリンが独自に生み出してきた笑いのひな形に、ハリウッド黄金時代に栄えたスクリューボール・コメディのエッセンスをプラスした感じです。かつてチャップリン式のコメディと、スクリューボール・コメディは対極の立場にあったのですが、この二つの要素が「伯爵夫人」ではミックスされているのです。これがどれだけ映画ファンにとって贅沢なことか、おわかりいただけるでしょうか?
 舞台となる場所は、船の中にある一室(寝室とリビングとに分かれている)だけです。チャップリンにしては珍しい室内劇というわけです。主人公は外交官のマーロン・ブランドと、彼の部屋に隠れて密航を企む不幸なロシア移民ソフィア・ローレンの二人です。ブランドは部屋に隠れていたローレンを見つけてびっくりします。世間体もあるので、部屋に女がいることがバレてはまずいので、ブランドはローレンをかくまいます。見知らぬもの同士、相部屋での共同生活が始まります。
 来客が来るたびに慌てて隠れる様子が、かつてのチャップリンのどたばた喜劇を彷彿とさせます。それでいて男女の会話をユーモラスに描いたスクリューボール・コメディの要素も入っているのです。しだいにうちとけあっていくのは定石通りです。もちろんベッドインはしませんが、ベッドインに到達するまでの男女の会話が愉快なのです。「不倫」と書くとすごく深刻なものに聞こえてしまいますが、チャップリンの手にかかって、それはとても無邪気で可愛らしいものになりました。多少くどかったり途切れ途切れなところもありますが、やはりこういった古典喜劇は、いつ見ても楽しいものです。

 それにしても、主演の二人がとてもいいです。20世紀最高の男優マーロン・ブランドと最高の女優ソフィア・ローレンの意外な組み合わせです。二人とも従来の自分のキャラクターからちょっと離れた性格の人物を演じていて興味津々です。
 僕は二人が演じていた人物は「チャップリン」だったのではないかと思うのです。チャップリンがそうさせたのか、彼らが意識してそうしたのかはわかりませんが、船酔いの演技や肘掛けでつまずく演技などはかつてチャップリンが十八番としていたギャグに他ならないです。チャップリン風の演技をブランド、ローレンという二大スターが演っている、というだけでも「伯爵夫人」の価値はかなりのものかと思います。自作では決まって独壇場の演技をしていたチャップリンが、ついにこの年になって、自分の地位を他人に譲ったのです。ローレンに関してはチャップリンとチャップリン映画のヒロインの両方を足したものになりました。白いドレス姿でズッコケる彼女の笑顔は本当にチャーミングなものでした。

 本作はとりわけ映画ファン向けの作品だと思います。どことなく撮影現場の光景が浮かんでくるような気がしてくるのです。カラーになったことでセットがいかにもセットっぽく見えてしまうのです。本来なら現場を想像させてしまう作品は失格ですが、本作はチャップリンが監督しているのでそれが許されます。本作を見るとき、必ず「チャップリンの映画にブランドとローレンが主演!?」という意識をいつまでも捨てさることはできないでしょう。
 チャップリンもブランドもローレンも知らない人が、ましてやスクリューボール・コメディを見て笑った想い出を持たぬ者が、果たしてこれを見てどう思うかは、映画ファンの僕にはわかりません。これは「映画が大好き」という方にだけ見てもらいたい一本です。→DVDの情報

 

 

 

第96号掲載