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先週号でレスリー・ニールセンを紹介したが、あれから無性に「禁断の惑星」を見たくなったので、ウチにあるビデオコレクションから引っ張ってきて再見してみた。3倍録画だったので映像は痛んでいたが、それなりに楽しむことができた。これはまさにカルトSFの決定版である。レスリー・ニールセンはこれに出たことで、僕みたいなSFフリークたちから崇拝される俳優になった。
今見るとチープな作品ではあるが、全編に使われている電子音楽の凄まじさや、惑星の美術や未来住宅の美術など、公開当時にしてみれば相当エポックメーキングなものだったと想像できる。美術担当は、わが敬愛するセドリック・ギボンズであるが、彼がこのような空想科学的デザインを手がけていたとは意外である(共同美術なのでクレジットだけの参加という可能性はなくもないが)。レーザー光線などの特撮映像をディズニーのアニメーション・スタッフに演出させるなど、その美術的なレトロ感覚だけでも一見の価値がある作品である。
僕がSF映画について語るとき、去年から耳にタコができるくらい論説してきたことが、SF映画に必要なものはギミックだということである。ギミックとは、物々しい機械や装置のことで、何でもないことをさもハイテクぽく描く仕掛けのことである。この映画でいえば、IQ増幅マシンが面白いギミックだといえる。額におかしなレーダーをあてると、その人のIQが巨大なメーターに表示されるという仕掛けである。こんな他愛ないことに、これほど巨大なセットを使って表現しているところに意義があるのだ。だいたいこの映画は主人公が乗っている宇宙船が円盤という時点で面白い。ロビーというロボットもでてくるが、こいつがまた憎めない奴で、歩き方がいかにもウソっぽくていい。「私は天才ですからお安い御用です」というシャレたセリフを吐くところも笑えるが、胸のポケットにモノを入れたら、成分を分析し、いくらでも同じモノをコピーできるという無茶苦茶な空想科学が泣かせる。こいつだけは今も根強い人気があり、「グレムリン」に特別出演するなど、映画から飛び出して一人歩きしている。
SFに必要なもうひとつの要素をあげるなら、哲学であろう。つまりそれは、なんでもないことをさも理屈っぽく表現することである。それは科学的根拠に基づいていなくとも結構。ただそういう雰囲気があった方がSF映画の格調が高くなるのである。本作ではフロイトの精神分析をモチーフにしている。自我の下に潜在する原始的欲求を生み出す原我のことをラテン語で「イド」というが、この映画では実体化したイドの怪物が出てきて、探検隊の一行は脅威にさらされる。しかもこいつが人間の目には見えないのだから、よく考えたものである。これがただのB級映画として闇に葬られることなく、いまだに語り草になるのは、ここら辺の哲学がうまかったからだろう。
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製作年:1956年・アメリカ・MGM
原題:Forbidden Planet
監督:フレッド・M・ウィルコックス
出演:レスリー・ニールセン、ウォルター・ピジョン、アン・フランシス、ロボットのロビー
上映時間:98分
「禁断の惑星」DVD
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