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最近話題になっている「華氏911」を僕も見たが、ううむ、いまいちおもしろくなかった。冗長だったし、既存の映像のインパクトも薄い。ドキュメンタリー・フリークの僕としては、もう少し映像的な衝撃を求めていたのだが。
そこで、本当に面白いドキュメンタリーを1本紹介させてもらう。NHKスペシャル「映像の世紀」である。これは厳密には映画ではないが、ほとんど全てのシーンを歴史的アーカイブの映像だけで構成した作品という点では「華氏911」と共通している。シリーズ物で、全部で11集あり、1本が75分。NHKの放送開始70周年の意地をかけた凄まじいボリュームの記録番組である。
その中でも最もインパクトが強く、一番面白かったのは、冷戦をテーマにした第8集の「恐怖の中の平和」だ。この75分だけで、どれだけ多くの内容が詰め込まれているか。すべて歴史に忠実なありのままの映像で、そこには何も飾っていない。様々な事件を次々とテンポよくみせ、少しも飽きさせず、最後まで引き込ませる。世界中にある膨大な量の映像資料から厳選しているので、それはもうショッキングな映像ばかり。ドキュメンタリーは詰め込めば詰め込むほどに面白くなるという格好の例である。
映像が映し出すのは、我々が知っているつもりで知らなかった事実。まさに映像というメディアの強大さを認識させられる。真面目な番組なのだが、ただありのままの映像がこんなにも面白いのは、表現方法がうまかったから。例えば、フルシチョフの生の映像の上に、彼の回想録がナレーションで重ね合わされ、映像の中の表情と実際に考えていることを対比させており、素晴らしい相乗効果をあげているのである。ガガーリンを見て感動の涙をこぼすシーンも、前後のシーンから考えると、政治的な理由での涙に見えてくるから面白い。この作品では、とくにアメリカとソ連のハッタリ対決を対比的に描いているが、どのシーンも映像だけで十分に訴求力がある。スプートニクの打ち上げの後、アメリカの第1号ロケットの打ち上げ失敗の映像が流れるが、その爆発たるや、やたら豪快で、スプートニクとは対比的である。民衆達の暴動の映像も鬼気迫るものがあるし、マリリン・モンローの慰問風景やケネディ大統領の誕生パーティは何とも微笑ましい。
第8集の見せ場は3つある。1つ目は核実験の映像。今までスチル写真でしか見たことのなかった原爆と水爆の映像を、動く映像で見ることが出来る。これがすさまじい映像である。林の木々は一瞬で吹き飛び、家々は一瞬で粉々になり、実験台になった羊たちは一瞬にして丸焦げとなる。まるでおもちゃと見まがう映像だが、これが現実である。原爆軍事演習で何度も放射能にさらされる軍人たちの映像も凄まじいものがある。
2つ目はベルリンの壁。西ベルリンと東ベルリンのまったく対照的な映像を見せた後、東から西へ命がけで脱出する人々が映し出される。有刺鉄線に体が絡まっても、無我夢中で走る女性の映像や、警備員に見つかって射殺される男性など、映像はあまりにもなまなましい。壁を隔てて、離ればなれになった母と娘が泣きながら最後の別れをするシーンなど、加古隆のBGMと重なって、じんとさせられる。ちなみにこのドキュメンタリーに音楽は1曲しかない。たった1曲だけでここまで劇的に表現しているのだ。
3つ目は、フルシチョフとニクソンとケネディの素顔の映像。フルシチョフとニクソンのテレビ討論の映像は、お互い笑っておどけてはいるが、言っていることはかなり過激で、ほとんどケンカである。フルシチョフに根負けして苦笑いするニクソンの表情が印象的だが、その後に流れる大統領選前のニクソンとケネディのテレビ討論の映像でも、ニクソンはケネディにねじ伏せられて、声が出なくなってしまう。その表情たるや、たまらないものがある。この例だけでも「華氏911」のブッシュの表情をじっと映したシーンよりも面白い。これがドキュメンタリーの巧さだ。
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「映像の世紀」DVD-BOX
再放送のたびにちまたで話題になるNHKの代表作。おそらく、これを超える20世紀の歴史ドキュメンタリーは二度と現れることはないでしょう。
ちなみに第7集ではゲーリー・クーパーとチャールズ・チャップリンの貴重な映像が見られるので、そちらも注目です。
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