週刊シネママガジンDVD/ガイド発掘ビジュアルイーオン・フラックス

第11回「イーオン・フラックス」(アニメーション)

 「イーオン・フラックス」とは、もとは1991年にMTVで2分間のシリーズとして、6回に渡って放送されたアニメ番組だった。その哲学的な内容が話題になり、1992年には4分間の短編シリーズとして復活、5回放送され、1995年には30分番組に拡大し、全10話を放映した。2005年にはシャーリーズ・セロン主演で実写版が製作され、全米で大ヒット。そして3月17日、日本での劇場公開の時期にあわせて、この原作アニメーションのDVDがいよいよ発売される。

 この生みの親は韓国系アメリカ人のピーター・チョンだ。この作品が評価されて「アニマトリックス」でも監督を任されるようになったほどの凄腕クリエーターで、海外アニメ通の人に言わせれば神みたいな存在ということである。彼がこのアニメーションで目指したことは、それまでのテレビアニメーション番組の常識を覆すものを作ることだった。彼はこの作品では、映画的なアングルにこだわり、あえて誰もやらないようなストーリーを追求していった。そして政治・宗教・セックス・死など、タブーの領域に踏み込んで、高尚なアニメーションを作ることに成功した。

 映像だけを見ると、何の飾り気もなく、色数を抑えた原色に近いシンプルなイラストレーションであるが、描いている内容はかなり残酷でアクが強く、見た目と中身のギャップに驚く(しかし不思議と血を意識させない)。厳しく統治された未来社会(国境線から指一本でも出ると切り落とされる!)が舞台になっていて、女戦士イーオン・フラックスは政府に反発して我が道をばく進しながら、たくましく生きているのだが、特に話の説明はなく、何のために彼女が戦っているのかは、視聴者の解釈に委ねている。ピーター・チョンも「ストーリーに説明は必要ないよ。映像を見てもらった通りさ」と、何も語ろうとしない。シンプルな映像の中に深い哲学を味付けする彼のセンスは天才的としか言えないだろう。どうとでも解釈できるため、作品が一人歩きし、その人気はカルト的なものになっていった。視聴者は作品のテーマを探るためには、想像力をフル回転させて見なければいかなかった。

 レギュラーの登場人物は女戦士イーオンと議長のトレバーの2人だけ。イーオンはお決まりのようにエピソードの途中で死んでしまうが、次の回では生き返ってまた戻ってくる。つまりはイーオンはコピー人間であり、コピーの一人一人がひとつの自我を共有しているため、自分が死んでも別の自分が生きていれば問題がないと考えているのである。一方トレバーは何もないこのすさんだ社会において、肉体的快楽だけを求めて生きている「性の権化」のような男である。イーオンとトレバー、この2人の存在の意義を考えることが、このアニメーション最大の哲学といえるだろう。2人は敵対関係でありながらも、お互いに引かれ合うという微妙な関係を保っているのだが、そこには何の説明もないため、様々な憶測が生まれている。

 そもそもこの作品にはストーリーの意味をすべて考えなくとも、十分視聴者に訴えかけるだけのビジュアル的な魅力があった。いつも露出度の高いイーオンのスタイルについては説明するまでもないが、次々と飛び出す斬新な映像には驚くばかりで、この番組が根強い人気があったのもうなづける。ハエを「まつ毛」で捕獲する映像は、数多くのミュージッククリップを配信してきたMTVらしい圧倒的なビジュアル・センスである。この他、人体改造で足が手になっている女など、SFマニアをワクワクさせるギミックが多数用意されており、まったくこれは見れば見るほど描写テクニックの巧妙さにうなってしまう傑作である。

イーオン・フラックス
▲孤立して政府と戦う女戦士イーオン・フラックスはとびきりセクシー。声優の落ち着いた声の雰囲気が良い。どことなく悲しげな女である。

イーオン・フラックス
▲「イーオン・フラックス オリジナル・アニメーション コンプリートBOX」パラマウントホームエンタテインメントジャパン
全10編他、パイロット版、短編シリーズもすべて収録。これひとつで「イーオン・フラックス」の全貌がわかる内容になっている。ピーター・チョンの音声解説が良い!
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2006年3月13日