週刊シネママガジン特別企画シネマガプレス講演 山田洋次監督×『戦艦ポチョムキン』

【2006年9月16日練馬区】
この日、ちひろ美術館にて、山田洋次監督の講演会が開かれました。ちひろ美術館では毎年山田洋次監督を招き、<シネマ倶楽部>と題して講演会を開催しています。<シネマ倶楽部>も今回で第5期を迎えました。入場料は1000円。どなたでも気軽に参加することができます。

イベントの第1部では、山田洋次監督から1920年代ソ連映画のモンタージュ理論についての説明が30分間あった後、『戦艦ポチョムキン』が上映されました。山田洋次監督も客席に座ってお客さんと一緒に映画を鑑賞され、映画のところどころで解説を加えていました。休憩時間を挟んで、第2部ではヒッチコックの『鳥』とスピルバーグの『ジョーズ』を見ながら、『戦艦ポチョムキン』がその後の映画にどれほどの影響を与えたのかを講義しました。

次に山田洋次監督の言葉をまとめました。


モンタージュの形式を確立させた映画。かつてこのような表現形式の映画はなかった。1925年の作品だから、映画誕生から30年しか経っていない。監督のエイゼンシュタインは、ブライアン・デ・パルマなど、後世の映画人にも大きな影響を与えた。
軽快なシークエンスの後、一変して有名なオデッサの階段のシークエンスに変わる。乳母車の描き方がすごい。1ショットが1秒間と短い。丁寧にいくつものショットを使って極めて映像的な表現をしている。モンタージュで見せる追い込み方にはすごい力がある。

「『戦艦ポチョムキン』は革命を賞賛している映画だから日本では上映できなかった。60年代になってやっと見られた。1940年代に作られた映画も50年代か60年代にならないと見られなかった。僕はジョン・フォードの『わが谷は緑なりき』、『怒りの葡萄』を見たくても見られなかった。」

「映画1本がワンカットで成り立っているすごい映画です。フィルムは一度に10分間しか撮影できないから、ヒッチコックはカメラの前に人を通らせて画面をいったん暗くして、その間にフィルムを交換しました。ただこれは試みがすごすぎて、映画としてはつまらなかったです。でも、僕たちからすると、これはすごく面白い映画でした。」

(ジャングルジムにカラスが群がるシーンを見ながら) 「このカラス、半分は作りものなんですよ。よく見ると、全く動かないカラスがいます。でもカットが短いから映像として成り立っています。 」
(子供達がカラスに襲われるシーンを見ながら) 「ヒッチコックも『戦艦ポチョムキン』をだいぶ学んだようです。このシークエンスはまさにオデッサの階段へのオマージュですね。下り坂で撮影しているところ、子供が転ぶところなど、オデッサの階段をかなり意識しています。 」

「スピルバーグが20代で作った傑作。その後も『E.T.』など良い映画をいっぱい作っていますが、どうも出来としては『ジョーズ』を超えていないように思います。僕はこれを野村芳太郎さんと一緒に見たのですが、野村さんに"この監督の映画はもう見ない方がいいよ"と言われました。これ以上良いものは作れないと思ったからです。 」
(鮫をしとめるシーンを見ながら) 「ここのショット、すごいなあ。これは柱の上にカメラを置いて撮ってるからすごい映像だ。"このカットは2秒まで"と、そういう判断をしながら作っています。スピルバーグも『戦艦ポチョムキン』を何度も見て勉強したんじゃないかな。」

カットとカットを組み合わせて立体的に状況を表現すること。例えば痩せた男性の映像と、美味しそうな食べ物の映像を組み合わせることで飢えを表現することができる。モンタージュはアメリカのアクション映画では基本的な形式。例外的にカットを割らないでもよくできた映画はあるが、普通はカットを多くしてサスペンスを盛り上げる。カットを割るということは、本当のことのようにごまかすことである。

取材を終えて・・・>
 山田洋次監督は作った映画の本数もすごい数ですが、講演会その他、映画以外の活動もかなり精力的で、とても70過ぎとは思えませんね。
 監督が、映画のシークエンスについて「ここはアダージョにあたるからカットが長い」という風に音楽に例えて解説していたのが印象的でした。「これだけのエキストラを集めたのはすごい。エキストラにはお金を払ってるわけじゃないでしょうから」という、いかにも作り手側らしいコメントもありました。
 特に面白いと思ったのは『鳥』と『ジョーズ』の有名なシークエンスを、オデッサの階段と比較して見せたところです。こうしてみると2作とも本当にオデッサの階段のシークエンスと似ていますね。
 よく映画の世界では「内容と形式」という表現が用いられますが、例えるなら山田洋次監督は内容、エイゼンシュタインは形式でしょう。この一見相反するふたつの個性がどのように絡み合うのか、僕はそこに興味をそそられました。僕は『男はつらいよ』は日本映画の最高峰と思っていますが、これもよく見るとたしかにキャメラなどスタイリッシュなところがありますね。この日から僕の映画の見方は確実に変わりました。今度は表現形式の観点から『男はつらいよ』を見直してみようと思います。

取材・文・写真/澤田


▲ちひろ美術館です。山田洋次監督の講演会はここの多目的展示ホールで開かれました。<シネマ倶楽部 山田洋次セレクション>は毎年開催しています。美術館の詳細については公式サイトをご覧ください。


▲今回の講演会では、セルゲイ・エイゼンシュタインの『戦艦ポチョムキン』を上映し、モンタージュ理論について語っていただきました。


▲20年代ソ連映画のモンタージュについて講義しているところです。


▲『戦艦ポチョムキン』上映後はヒッチコックの『鳥』とスピルバーグの『ジョーズ』の一部を上映し、その表現形式を比較しました。


▲皆さん真剣です。映画の上映中は監督も客席に座って一緒に見ていました。


▲お客さんの質問に答えているところです。


▲お客さんに「モンタージュと言ったら犯罪捜査で使うモンタージュ写真のことかと思っちゃう」といわれて監督も思わずニッコリ。


▲山田監督は先日誕生日を迎えたばかり。花束を受け取って嬉しそうです。


▲休憩中のところをお願いして1枚撮らせていただきました。

山田洋次監督 木村拓哉主演
『武士の一分』
2006年12月1日全国一斉ロードショー

http://www.ichibun.jp/

2006年9月21日