オナニーがアートになった。幻の作品が35年の時を経て甦る
7月29日より、シアターN渋谷にて、誰も体感したことのない新感覚の映画が公開される。「ピンクナルシス」という作品である。
ピンク色とナルシス。ピンク色は欲情の色。ナルシスとはギリシャ神話に登場する人物で、水面に映った自分の姿を愛するがあまり溺死した美少年のことだ。「ナルシスト」の語源でもある。
この「ピンクナルシス」、じつは35年も昔の映画。女性が一切出てこない、いわゆるゲイ・ムービーの一種だが、同系統の映画とは一線を画している。台詞は排除され、ムソルグスキーの「禿山の一夜」「展覧会の絵」などが背景音楽になっている。とくにストーリー性はない。感じることに意義がある映画だ。当時は、製作者のプライバシーを尊重して、監督・脚本・撮影すべて匿名で公開され、アングラの世界では伝説的になった。主演は60年代ではゲイのアイコン的存在だったボビー・ケンダール。
僕もこの作品を見たときにはすこぶる感動した。この感動は、素晴らしい絵画を見たときの感動に近いものがあった。驚くのは、吸い込まれるような美しい映像だ。オープニングに見られる、物静かで、幻想的な世界からして、ため息が出るほど美しい。自分の手に放尿するシーンさえも美しいのだ。
監督はジェームズ・ビドグッド。写真家である。彼もゲイで、ケンダールと同棲していたことがある。当時はまだゲイに市民権がなかったため、大手を振って歩けなかった彼の意志のすべては、この作品一本にそそがれている。劇中みられる幻想的なセットの数々も、すべて彼がこしらえたものだ。ケンダールの性器にとまる蝶々は作り物だが、本物の蝶々よりも綺麗に見える。この映画ではビドグッドは、ケンダールの少年のような初々しさと肉体美を大いに讃えているが、まさにこれは彼の愛なくしては生まれなかっただろう。
描いていることの大半はオナニーについてだ。オナニーは日本語では「自慰」と書くが、つまりは自分で自分を愛することである。この映画が描いているところはまさにそこ。いわば究極の自己愛映画。これを見ると、オナニーこそ耽美の境地であるかのように思えてくる。射精する瞬間などもうっとりするほど魅惑的だ。エロスを超越した、もはやアートの領域。
2006年7月29日〜8月25日
シアターN渋谷にてレイトショー
(初日トークショーあり)
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