フィルムロジック

Lesson 5
色彩

 昔はカラー現像など存在しなかったので、当然映画は全てモノクロームであった。でも、色つきのフィルムを使ったり、フィルムに直接着色したりして、何とかして色をつけようと試行錯誤していた様子である。それだけ、色に対するこだわりは大きかった。
 やがてテクニカラーの登場で、カラー映画の量が増えていった。当時のカラーなんて、色がついていることが一番の売りだったから、とにかく色彩にはこだわっていた。

 白黒映画だけを撮っていたのに、思い切ってカラーに転向した監督もいる。「華氏451」を撮ったフランソワ・トリュフォー、「どですかでん」を撮った黒澤明がそれに当たるが、二人とも期待を裏切らず、色の良さを最大限に引き出して撮ってくれた。

 カラー映画が当然になった今では、映画作家たちは、色にこだわることを忘れてしまっているような気がする。せっかくカラーなんだから、モノクロで表現不可能な色の魔術を活用しない手はないぞ。
色彩のセオリー

色は感情に大きく影響する。ここに簡単な色の効力を説明する。
(モニター、ブラウザの種類によっては正しく表示されない場合があります)

膨張して見える色
暖かく感じる色は膨れて見える。




 
収縮して見える色
寒く感じる色は縮んで見える。



 
進出して見える色
これらの色は同じ位置でも近くに見える。




 
後退して見える色
これらの色は同じ位置でも遠くに見える。




 
軽く見える色
色相に関係なく明るい色は軽く感じる。




 
重たく見える色
色相に関係なく暗い色は硬く、重たく感じる




 
軟らかく見える色
明るくて濁った色は軟らかく感じる

 
陰気な感じのする色
暗く濁った色は陰気に見える。

 
興奮する色
赤系の色は興奮をさそう
沈静する色
青系・緑系の色は沈静化させる。
例えば、スターを実際よりもやせて見せたければ伸縮して見える色の衣裳を着せるだろうし、
室内の奥行きを広く見せようと思えば壁紙に後退して見える色を使うだろう。
 


では、例によって色の印象的な作品を紹介しよう。
オズの魔法使
「オズの魔法使」
監督:ヴィクター・フレミング 撮影:ハロルド・ロッソン

 これが公開されたのは1939年。当時は総天然色映画よりも黒白映画の方が優勢だったので、カラー映画はとにかく色・色・色で目立とうとした。同作は恐らくミュージカル映画としては最初のカラー映画に当たる。最初のシーンはモノクロだが、魔法の国に来た途端、眩いほどの色彩に包まれる。これは当時の人間にとっちゃ仰天ものだったろう。なぜなら今見てもその衝撃は色あせていないからである。
「スーパーマン」
監督:リチャード・ドナー 撮影:ジェフリー・アンスワース

 なぜアメコミのヒーローが原色のコスチュームに身を包んでいるのか? これは当時の印刷過程にわけがある。漫画でも色はシアン(青)・マゼンタ(赤)・イエロー・ブラックしか使えないが、この濃さが3段階にしかわけられず、それをざら紙に印刷しなければいけなかったので、どうしてもどぎつい色でなければ迫力が出なかったからである。実写版「スーパーマン」はその原色の良さを完璧に残しており、大成功している。
HANA-BI
「HANA-BI」
監督:北野武 撮影:山本英夫

 北野武監督は、明確な映画スタイルを持った作家である。とくに知られているのが、「キタノ・ブルー」といわれる演出。きまぐれぽく全編を青い色調で撮っているのである。だから、他の映画と比べてみると、それだけでも全く違った印象を与える。青にどういう意味と効果があって、それをどう解釈するかは、観客ひとりひとりで考えが違うかもしれない。
気狂いピエロ
「気狂いピエロ」
監督:ジャン・リュック・ゴダール 撮影:ラウール・クタール

 「気狂いピエロ」はジャンル不詳映画である。色々なシーンが次から次へと飛び出す。ここで面白いのが、色である。真っ白になったかと思うと、黄色になったり、緑になったり、青になったり、赤になったり。全体的にコントラストは強く、小道具や衣裳だけを見ていても色はユニーク。名匠たちの絵画作品もところどころで引用されている。
マーニー
「マーニー」
監督:アルフレッド・ヒッチコック 撮影:ロバート・バークス

 ヒッチ先生は色の使い方も心得ていた。黒白撮らせてもピカイチだったけど、カラー撮らせても面白い。テクニカラーの「マーニー」では「色」そのものをスリラーに仕立ててしまった。それはもう遊び心たっぷりで、原色のモチーフが次から次へとコラージュ風に挿入される。ヒロインが赤色を見ると性格が豹変するところもユニーク。左の写真はオープニング・ショット。このショットだけでもこのあまりの色の鮮明さに一瞬にしてゾクゾクさせてしまうのだから、ヒッチ先生はスゴイ。
 色彩を強く意識させる作品は、とてもユニークな映像作品であると言える。芸術的な印象も高い。テクニカラーの生み出す独特な鮮やかさは、僕の体質には凄く合うのだが、残念ながらこの方式は、現在は中国だけでしか使われていない。非常に惜しい話である。
 日本人の10人に一人は色彩感覚が鈍いわけだし、誰もが色彩にアッと驚く作品、もっといっぱいできないものかねえ。


戻る