山田監督は寅に「シラノ・ド・ベルジュラック」を演らせたかったと語っていたというが、この作品で実現している。人気スター沢田研二を主演に迎え、劇場用ポスターでは渥美清と沢田研二のクレジットを同じ大きさで並べて表記し、渥美清を喰うか喰わぬかという勢いで宣伝した。冒頭の夢のシーンも沢田研二向けにアレンジし、華やかなミュージカル映画仕立てにしている。
「男はつらいよ」が面白いのは、寅というキャラクターに、ごくごく普通の男の子の心理が盛り込まれているからである。いうなれば寅は恋に破れた男の象徴であり、男心の化身である。観客は寅に自分を見いだすために、痛く共感するのだ。
寅と青年とマドンナの三角関係を描いた本作に秘められたテーマは、「嫉妬心」ではなかろうか。寅は容姿にコンプレックスがあるが、ユーモアのある男だという自信はあるので、女性と会話をするのは苦手ではない。いっぽう青年は二枚目だが、口下手で、女性と会話するのは苦手だ。寅は表向きでは青年に恋愛指導をしつつも、自分が二枚目の弟子以上にマドンナと親密に接していることに、内心優越感に浸っている。しかし結局マドンナは二枚目を選ぶのである。寅は嫉妬心と劣等感でやるせない気持ちになり、また家を出るのである。そのときようやく、寅が以前青年に教えた口説き文句「どこか遠くへ行ってしまいたい」が、自分の恋愛観の吐露だったことに気づかされるのだ。青年とマドンナはめでたく結ばれるも、やはり「男はつらいよ」は失恋を描いたドラマなのである。
|