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解説
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シリーズは25作目から32作目にかけてが絶頂期といってよく、立て続けに傑作が生まれ、作品のスタイルにも様々な変化・革新があった。中でも28作目は工夫が多く、もっとも野心的な作品かもしれない。本作はそれまでのコミカルな作品と違い、至って真面目な話である。愉快なシーンにもどこかしら哀愁があり、寅が本気でマドンナと所帯を持とうと就職活動をするところなどは、笑わせつつも泣かせられる。悲しいシーンは本当に悲しい。28作前と28作後とでは、明らかな違いがある。それまでは喜劇のウェイトが強かったこのシリーズが、28作を機に、センチメンタルなメロドラマへと生まれ変わったのである。
マドンナとの別れのシーンはシリーズ屈指の名場面である。マドンナがせっかく寅にチャンスを与えて「私を女房にもらうって本気で約束をしたの?」とわざわざ訊いてくれたのだが、寅は「適当に相づちしたのよ」と答えてしまう。いきなりあんな風に言われたら寅でなくてもこの様にしか答えられなかっただろう。しかしそうくると、マドンナの方も「良かった。本気で約束するはずがないよね。安心した」としか答えようがなく、失恋は必至。お互いに内心は相手のことを好きなのに、言葉では正反対のことしか言えないこのもどかしさ。あまりにも切なすぎる。タイミングのいたずらが引き起こした悲恋の物語である。
「こりゃあとんだ三枚目だ。ハハハハ」と、寅が笑いながら旅に出るのもシリーズでは新しい試みであり、いつも以上に泣かせる。このラストは笑っていることが悲しい。顔で笑って心で泣いてである。
ところで、本作ではマドンナがタバコを吸うシーンがまじまじと映されていたが、タバコを吸うマドンナは実はシリーズに5人しかいない。ちなみに5人の職業はキャバレー歌手、芸者、テキ屋、フーテン、ホステスである。 |
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