|
解説
|
|
おいちゃん役がまた変わった。初代おいちゃんの森川信はテレビでもおいちゃん役を務めていて、喜劇のセンスは渥美清と互角に張り合うほどで、とても面白いキャラクターであった。森川の死後、代役で出ていた松村達雄は森川流おいちゃんを意識して演出されていたようで、ストーリーにも大して影響はなかったが、森川ほどの個性は出せなかった。天才的な喜劇センスを持つ森川以上のキャラクターを創るためには別の角度から新しいおいちゃんを創り出し、ストーリーから別のものにしていく必要があった。これはある意味山田洋次の賭けだったのではないだろうか。そうして抜擢されたのが下條正巳である。下條は喜劇派の森川とはまるで性質が異なり、日常的な親近感を醸し出す役者だった。結局は下條が最後の作品まで出演することになり、映画版「男はつらいよ」のおいちゃん役は下條が定番という公式ができあがる。森川・松村がおいちゃん役を演っていた頃は、寅とよく大喧嘩をしたものだが、あれはドタバタの一貫としての喧嘩でしかなかった。しかし下條に変わってから、喧嘩の場面にも現実性が感じられるようになった。
本作は以上のおいちゃん役の件も含めて、なかなか野心的な作品である。寅が赤ん坊を拾ってくるというとんでもない発想は素直に笑える。もともと赤ん坊を預かるきっかけは寅が赤の他人と一緒に相部屋に泊まったことであるが、いつも相部屋を望む寅の人情性は、シリーズのバックボーンとなっているものである。
今回寅が初めて他人のために恋愛指南する。寅自身もマドンナに惚れているのに、恋敵のために奮闘するのである。この新しいパターンは、その後の寅のダンディズムを形容するひとつのスタイルになる。タイトルどおり「男はつらいよ」、読んで字の如しである。 |
|
|