≪編集長論評≫ここ数年間、近未来を舞台にした映画といえば、いかにも現実と掛け離れすぎた子供騙しのものばかりで、まったくもって嘘臭く、辟易させるものばかりだったが、この年、久しぶりに堂々と「俺はこの映画が好きだ!」と力説できるSF映画が誕生した。イギリス映画のドライな作風とアメリカ映画なりの確たる演出力が同居した『トゥモロー・ワールド』は、こだわり派のSF映画マニアを満足させてくれる要素でいっぱいだ。人類が誰一人として妊娠しなくなった未来社会を描いた作品で、国政、テロ、人種差別など、硬派な内容をサスペンスを盛りこみながらも崇高なタッチで描き上げている。 この映画にはただならぬリアリティがある。ここで言うリアリティとは、現実的な世界描写という意味ではなく、「その場にいるような臨場感」を意味している。その最たる理由は、この映画が完全たる主人公の一人称視点の映画ということである。これは全編を通して主人公クライヴ・オーウェンの視点映像で構成されており、鑑賞者は、否が応にもこの悲惨な主人公と同化させられてしまうことになる。主人公を取り巻く登場人物たちが、その後死んだか生き残ったか、そういうことは描かれない。観客が見るのは、主人公の辿る道だけである。悲惨な光景を主人公の視点から遠目で覗くロングショットの映像は脳裏に鮮烈な印象を叩きつける。 長回しの映像はただただ驚異的だ。主人公の身に危険が迫るシーンの多くはワンショットで撮影されている(実際にはワンショットであるかのように編集でつなげられている)。5分にも及ぶ壮絶な蜂起のシーンでは、飛び交う銃弾を避けながら走る様が、ステディカムで延々と撮影され、圧倒的な臨場感を生みだしている。 この他、人気スターであるジュリアン・ムーアを登場させるなり、感傷に浸る余韻もなくあっけなく殺してしまうなど、観客に迎合しないその冷徹な演出は高く評価され、カルト的な人気を獲得することになった。 余談だが、ディープ・パープルやキング・クリムゾンなど、劇中使用されるロックソングの選曲も一癖あるもので、工場や空を飛ぶ豚など、ところどころにカットインされるロックのシンボルが密かにマニアの間で話題にあがった。ジョン・レノンの<Bring On The Lucie>はそのメッセージが効果的に利用されており、ジョン・レノンの歌を使用した数ある映画の中でも白眉の出来といえる。 |
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≪2006年の映画の出来事≫ この年のビッグニュースは、パラマウントがドリームワークスを買収したことと、日本映画が21年ぶりに洋画の興行収入を上回ったことである。日本映画がでは『ゲド戦記』、『海猿』、『THE有頂天ホテル』、『日本沈没』、『デスノート』がヒット。一方、『フラガール』、『かもめ食堂』など、単館系の映画が健闘した。洋画では『パイレーツ・オブ・カリビアン』、『ハリー・ポッター』、『ミッション:インポッシブル』シリーズが依然人気が高いが、『ダヴィンチ・コード』がヒットし、日本ではちょっとしたダヴィンチブームになったものだった。キネマ旬報では戦争を日米それぞれの視点に立って描く『父親たちの星条旗』、『硫黄島からの手紙』の<硫黄島2部作>が上位を独占し、クリント・イーストウッド様々だったが、アカデミー賞は『クラッシュ』が獲得した。 | ||||||||||||||||||||
2007年12月28日 |