週刊シネママガジン特別企画シネマガプレスクリスタル・ボイジャー
クリスタル・ボイジャー
クリスタル・ボイジャー
(C) Palm Beach Pictures PTY LTD 1972
「クリスタル・ボイジャー」

 今年の12月より、すごい映画が公開される。ドキュメンタリー大好き人間の僕が、メンタマが飛び出るほど感動した傑作「クリスタル・ボイジャー」である。1972年に製作され、公開当時は、バーチャル・ドラッグとして高く評価され、カンヌ映画祭に出品されたこともあり、一部の映画マニアの間ではカルトと化していた映画である。日本では長いこと埋もれていたが、ようやく日の目を見ることになった。
 当時はカウンターカルチャーまっさかりで、こうしたサイケデリックな映画が数え切れないほど作られたものだが、中でも「クリスタル・ボイジャー」が異彩を放つのは、そのほとんどのシーンをアブストラクト(抽象)映像だけに徹底しているからである。これは「2001年宇宙の旅」のスペースシャワーのシーンと同じ感覚であるが、ただし一切のSFXを使っていない。うねる波、無数の水泡を、超高速撮影したありのままの映像だけで見せ、興奮のシークエンスへと作り上げている。

 問題の映像を撮影した男の名はジョージ・グリノー。本人自ら本作の脚本を書き、主人公を自演している。ジョージは、いわゆるヒッピー族の青年で、本作の前半部分は、自由を求めてイージーに生きる彼が、ハリウッドで水中カメラマンの仕事に就くまで、その生活ぶりを第三者的視点からスケッチ風に描いている。僕はこういう風に一人の人物に的を絞り、人生に密着したタイプのドキュメンタリーが大好きなので、前半からかなり楽しませてもらった。効果音もセリフも極力排除し、ほとんどのシーンはウッドストックっぽいフォーキーなロック音楽をバックに流しているだけだが、ジョージの生活を活写した映像が心地よい印象を残す。
 ところどころでジョージのナレーションが単発的にかぶせられているが、最小限のセリフで最大の効果をあげている。「僕は学校がつまらなかった」「人ごみをみるとうんざりする」など、ジョージの疲れ切った様子、孤独を愛する姿には共感を覚える。クルーザーを自作し、誰もいない島に行って、自分の発明したニーボードに乗って、波と戯れる。そんなジョージの姿を、朝日の光の中にたんたんと映し出す。これほど逆光の映像が多用された映画も珍しいが、わざとらしくなく、実に詩的でノスタルジックな雰囲気である。この自由な作風は「イージー・ライダー」にも似ているが、僕にとってこれは「イージー・ライダー」以上の感動だった。というのも、この映画からは、映像のもつ躍動そのものにただならぬ魅力を感じたからだ。いい映画は最初のワンカットでわかるが、本作のファースト・シーンは、これから何か起こりそうな期待を十分に抱かせるものだった。これこそ僕の求めていた映像美学である。

  後半24分間は未知の空間へのいざない。何の前触れもなく、いきなりトリップ・シーンへと投げ込まれてしまう衝撃。そこから一瞬たりとも観賞者を現実に帰さない。24分というのはかなり思い切った挑戦である。普通ならせいぜい長くても5分程度にまとめるところを、あえて24分ノンストップで見せ続けてしまったその傍若無人な作風に感動した。背負いカメラに装填したフィルムの限界を考えると、超高速撮影ではおそらく10秒くらいでフィルムが終わってしまうため、まともな映像だけ24分集めるまでに、相当何度も何度も繰り返し撮影を強いられたことだろう。しかし、映像からはまったく手抜きが感じられなかった。すべてのショットが異なる色彩の光線に覆われ、万華鏡のようなイリュージョンとなる。これが退屈せずに最後まで見ていられるのは、音楽にピンク・フロイドの「エコーズ」を使っているからである。ピンク・フロイドはロック界の神様みたいな存在で、「エコーズ」は彼らにとっては最高傑作とされているものだ。
 ピンク・フロイドの音楽は現在までにあらゆるところでモチーフにされてきた。バレエ音楽で使われたこともあるし、アラン・パーカーも彼らの音楽をベースにドラマ化したことがある。僕は昔ロサンゼルスのグリフィス天文台で、ピンク・フロイドの「狂気」全曲をモチーフにしたレーザーショーをみて、すこぶる感動した経験があったのだが、そのこともあって、「クリスタル・ボイジャー」は見る前からかなりの期待があった。結果は良好。ピンク・フロイドの神秘的なサウンドが映像とシンクロし、巨大な水の壁が画面下から静かに画面全体を覆い尽くしていく様は、恐ろしいほどにサイケデリックであった。僕はこういう映像体験を待っていたのだ。
 

クリスタル・ボイジャー
(C) Palm Beach Pictures PTY LTD 1972

Crystal Voyager
1972年/オーストラリア・アメリカ合作
配給:グラッシィ
製作・監督:デヴィッド・エルフィック
脚本・撮影・出演:ジョージ・グリノー
音楽:ピンク・フロイド

2004年12月4日(土)より
シブヤ・シネマ・ソサエティにて公開

2004年10月16日