ユマ・サーマン

 売れ始めてまだ10年もたたない女優なので、なにぶん出演作品が少ない。きっとこれからすごい映画に出ると考えられる。だから今すぐここで紹介してしまうのはもったいない気がしてるんだけど、彼女はこのコーナーのリクエストで第2位の人気だったので、僕も紹介したくてしょうがなかった。僕自身かなりご贔屓にしている女優だからね。ガリガリ系は大好きです。

 もともとモデル出身なので、ファッション・センスが光る。イメチェンもうまく、スタイルだけでもアッと言わせられる女優である。
 16・17歳くらいに映画デビューしているが、残念ながら当時の作品は日本では劇場未公開だ。
 日本で最初に公開された作品は奇想天外な中世ファンタジー「バロン」(89)。貝のフタが開いて、ヴィーナスが登場、そのヴィーナス役がユマだった。1年遅れで公開されたフランス文学映画「危険な関係」(88)では誘惑される清純な令嬢役を演じて注目された。

 90年代は人気が急上昇した時期。「ヘンリー&ジューン 私が愛した男と女」(90)、「愛という名の疑惑」(92)、「恋に落ちたら…」(93)と大役が増えてくる。「カウガール・ブルース」(94)では人一倍大きな親指を持つヒッチハイカーの役を演じて、自分が本来は主役タイプであることをアピール。でも主役はなかなかこない・・・。

 まだまだマイナーなイメージがあったユマだが、「パルプ・フィクション」(94)で大きな成功をつかむ。黒髪のストレートヘア。ダークのパンツに白いブラウス。この特徴的なスタイルに驚いた。不思議な雰囲気があった。ダンスしているときのセクシーな瞳に観客たちはもうイチコロ。ヨダレブクブク汚れ役をよくぞ頑張ってくれた。「パルプ・フィクション」を見て、ユマ・サーマンのファンになった人は多い。同作はマスコミでも話題になり、ユマ・サーマンの名前は世界的に有名になった。ユマはその年のトレンドそのものであった。

 2000年には「宮廷料理人ヴァテール」「金色の嘘」でまた大昔の貴婦人役。もっとモダンな映画に出て欲しい気もするけど、それにしても色んな時代の女を演じている女優だと感心してしまう。

 結婚は90年にゲイリー・オールドマン。離婚して98年に「ガタカ」(97)で共演したイーサン・ホーク。ユマはイーサンの監督最新作にも出演する。

 Umaという名前は、チベット語で「中観派」(知らない人は百科事典で調べましょう)を意味する。日本ではユーマとかウーマとかウマとか各紙で表記は様々である。そこで僕は、アメリカ人の友達にどう発音するのが正しいのかと聞いたところ、本当は「ウーマ」なんだって。

ユマ・サーマン

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演技は嘘っぱち

 先週テレビで面白いことをやっていた。「アッコにおまかせ!」というTBSの番組の中であった「芸能人リアクションクイズ」という企画である。芸能人の誰かにイタズラをして、その人がどの様なリアクションを見せたのかを、3つのVTRの中から当てるクイズである。VTRはすべてイタズラされた本人を写したものだが、その内1つだけがありのままの映像で、他の2つはあたかも本人がそれらしく見せている嘘の映像だ。言い換えると、1つだけがドキュメンタリー、他の2つは芝居である。

 このクイズを見て、ふと僕は重大なことに気付いた。
 演技は嘘だということである。
 3つの映像の中でも、ありのままの映像だけは微妙に他の映像と違っていた。他の映像はありのままの映像と比べて、何となく作り物ぽい雰囲気があった。だから僕にはどれが正解のVTRなのか推測できた。やはり演技は演技、嘘は嘘だとわかるのである。

 僕は数年前、「演技とわからせない演技」がうまい演技だというおかしな考えを持っていたことがあったが、それは間違いだった。しょせんドラマは作り物、嘘のストーリーを形にしたものだ。ドキュメンタリーじゃあるまいし、ドラマに出てる役者がどっから見ても役者にしか見えないのは、考えてみれば当たり前ではないか。

 近頃は、「個性のある演技」、「芸のある演技」をする人こそ、名演技者だと考えている。シェイクスピア役者は、演技とわからせる演技をして、観客を楽しませる。映画俳優も同じことだ。演技というものは、嘘だからこそ、いくらでも飾れるのである。

 役者は、喋るのが遅いし、うつろな目をするし、息づかいがオーバーだし、突然ニタリと笑ったりする。あんな不自然な動作をする人が実世界にいたら気持ち悪すぎるだろう。でも、あの気持ち悪さは、本当は役者なりの個性の表れだったのである。決して「演技とわからせない演技」の方がいいというわけではないのだ。

(2002/04/11)


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