名作一本 No.55
「狼たちの午後」
1975年アメリカ映画/シドニー・ルメット監督
犯罪ドラマは、どれもストーリーがドラマチックすぎる気がしませんか? そう思っているあなたに、とっておきの一本、「狼たちの午後」をご紹介します。
「狼たちの午後」は他の映画とは違うのです。従来のドラマチックな要素を払拭した作品と言っていいでしょう。本作は、その払拭行為そのものが、作品を更にドラマチックなものにしています。つまり、ドラマチックじゃないことがドラマチックなのです。
主人公は銀行強盗ですが、ありがちな悪役とはまったく性格が違います。「犯罪者なんてこんなものだ」、そう思わせる人なんです。
僕がもっとも感心したのは悪役の走り方です。従来の悪役なら、それはもうかっこよく走るところですが、この映画の悪役は、足をツーと滑らせて走るのです。銀行の床にはワックスが塗ってあるので、滑るのは当然なんです。従来の悪役が一人も床を滑らなかったのは、それが絵的にカッコ悪かったからなんです。この映画では、絵的にカッコ悪いことを平気でやっています。悪役本人は大まじめなのですが、映画を見ている観客には滑稽に見えてなりません。これがこの映画のリアリティであり、ユーモアなのです。
人質だって、ずっとトイレに行かないわけではないのです。お腹も減るので、食事も取らなければなりません。長時間じっとしているわけではないのです。野次馬だって周りにいっぱいいるはずです。銀行にイタズラ電話をかける物好きな人がいてもおかしくないでしょう。このような細かい場面描写は、従来の犯罪ドラマでは余計なものとして無視されていました。「狼たちの午後」はそれを逆に強調させることで、おかしな緊迫感を出すことができたのです。
とても奇をてらった映画ですが、これこそ本物の犯罪ドラマと言わないわけにはいきません。
ちなみに、これは実際にあった話です。現実はドラマよりもドラマチックということですね。
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