バコールのチャームポイントは、上目遣いの眼差しである。しかしこれはジェームズ・ディーンが見せる誰にも真似できない屈折した眼差しとは異なり、バコールのミステリアスでセクシャルな眼差しは、ホークスによって仕込まれた低い声とあわせて、ある意味、40年代のハリウッド最盛期の演技スタイルの一形式を確立させたものである。感情的な演技というよりは、見た目で表現するタイプの演技形式で、「女のハードボイルド」といった形容であった。ここからポスト・バコールが誕生してはあっけなく消えていったが、21世紀が来てから、イザベル・ユペールがバコールを多分に意識したとおぼしき出で立ちで銀幕にその姿を現したとき(イザベル自身はリタ・ヘイワースを意識していたというが、見た目はまるでバコールだった)、今こそバコールという女優の持つ影響力の重要性を改めて再認識せざるを得なくなった。
むろん「脱出」(44)、「三つ数えろ」(46)、「キー・ラーゴ」(48)の三大傑作は見ておかなければならないが、「マンハッタン・ラプソディ」(96)で悲願のオスカーにノミネートされたことも忘れてはならない。同情票と感謝票もあり、受賞は確実視されていた。バコール当人も受賞を確信していたのか、セレモニーではウィナーの名前を読み上げる直前に感きわまって目が涙でいっぱいになったが、その後バコールの名前は呼ばれなかった。空元気で笑顔を作り、受賞者に祝福の拍手を送るバコールの上目遣いの眼差しは、予測不可能なアメリカ映画産業界の縮図である。
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