週刊シネママガジン作品紹介レビューチャン・イーモウ
至福のとき
★★★★1/2
 


 盲目の少女を喜ばせるために、心優しい貧乏人たちが奮闘する話。楽しくて、おかしくて、ホロリとさせる一本。ここまでよくできたコメディ映画は、久しく見られなかった。チャン・イーモウは昔から田舎を舞台にした色彩豊かなアート系の作品に手腕を発揮してきた監督だが、このような愉快な現代派喜劇を軽く作ってしまうとは、大した才能である。
 見どころは、盲目の少女を取り巻く登場人物たちの不器用さ、鈍感ぶりである。主人公のダメ男っぷりときたら、面白いのと同時に、あふれんばかりの愛情が伝わってくる。鈍感ゆえに、心に響く。主人公の仲間達が、少女のためにでっちあげたマッサージ屋に、客のふりをして一人ずつ来店するシークェンスは、ワンルームの中で繰り広げる会話のユーモアに重きをおいた、ドリフのもしもコントのような内容で、イーモウのジョーク・センスが冴え渡っている。映像は他のイーモウ作品と比べて綺麗ではないが、登場人物たちの心の美しさは、どんな映像美にも適わない。この感動はチャップリン以来である。

HERO
★★★1/2
 


 中国の人気俳優が共演し、中国でメガヒットを飛ばした作品。一言で言えば「中国万歳」。監督チャン・イーモウがこの作品で描いたことは「中国」そのものだ。中国の「漢字」に誇りを持ち、漢字を命よりも大切にする人々。これぞ中国人の誇り、中国人の強さ。青い空を画面一杯に映しだし、中国の大地の広大さ、勇壮さを表現。最も素晴らしいのは薄く透き通った大きな布。アメリカ映画にはなく、中国映画にしかない魅惑のアイテム。色鮮やかに配色されたこの布を、何枚も天井から吊し、それをひらひらと宙に舞わせる。これぞ中国文化の美。そしてカンフー。香港の一大ヒット商品を堂々とここに取り入れたベテラン・イーモウの愛国心。中国の「大好き」がつまった、イーモウの私家映画。それだけでも我々の心は捉えて離さない。これぞ中国万歳の一本。

あの子を探して
★★★1/2
 


 行方不明になった生徒を探すため、先生はアドベンチャーに出かける。いつも農村を舞台にするイーモウの映画。これも例外ではないが、ただし後半になると異変が起こる。田舎者の少女が、イーモウの「農村地帯」の殻をやぶって、外に出てしまう。農村映画の監督と思われたイーモウの映画が、ここで我々の住む現実と直面する。少女は現実を目の当たりにして、どうなってしまうのか。これは一種の「ふしぎの国のアリス」である。田舎娘がテレビに出演するシーンなど、この光景にはスリルさえあった。
 世間知らずの人間が、自分の知らない世界に触れて、どのようなリアクションを示すのか。不器用な人間の心理描写は、イーモウの十八番としているところである。いっぱしの先生とは言えない少女が、言うことをきかない生徒達の前で見せるリアクション。少女自身にとっては大変だろうが、観客にとっては、その困っている姿が気の毒ならがも面白い。他人の不幸を見ておもしろがる観客の人間心理の悪をくすぐるイーモウの人間観察日記。

2003年10月5日