1941年ワーナーブラザーズ映画
製作・監督:フランク・キャプラ
脚本:ロバート・リスキン
撮影:ジョージ・バーンズ
音楽:ディミトリ・ティオムキン

出演:
ゲーリー・クーパー、
バーバラ・スタンウィック、
ウォルター・ブレナン、
エドワード・アーノルド、
ジェームズ・グリースン

 
これぞキャプラ映画の完全形態

 「オペラハット」と「スミス都へ行く」があまりにも良くできているので、「群衆」はキャプラ映画の中では忘れられがちなのですが、僕としては「群衆」こそキャプラ映画を語るときに抜きにしてはならない作品だと思うのです。「群衆」は、いわゆる<キャプラタッチ>の集大成とされる「スミス都へ行く」と中身が似ていて、焼き直しの烙印すら押されてしまいそうです。しかし本作には集大成という言葉は似合いません。これはキャプラが培ってきた<キャプラタッチ>の最終形態ないしは完全形態だと言いましょう。キャプラらしいラブストーリーは最小限に抑えられ、本作では一貫してヒューマニズムを謳い続けています。おそらくキャプラ映画としてはもっとも社会的な作品ではないでしょうか。メッセージが先にきた映画と言えるかもしれません。温かく、感動的で、力強く、そして残酷です。

 ゲーリー・クーパーはこれがベストでしょう。純粋なハートを持っていますが、グズでとても世間知らずな青年の役です。彼の初登場のシーンの演技(左写真)はとても忘れられないものになりました。定職がなく、服もボロボロで、身体も痩せ細っていて、ついには空腹で倒れてしまいます。
 やがて腹黒い亡者たちに言いくるめられ、服も新調してもらい、綺麗なホテルの部屋を借りるのですが、そのときの満足そうな表情がまた面白い。気取ってでっかい葉巻を吹かしてみたり、柔らかいベッドに座って子供みたいに喜んだり、女性の裸の置物を見てちょっと興味をもったり、部屋で野球ごっこをして遊んだり、いかにもキャプラらしい分かりやすいキャラクターです。女の人に髪をセットしてもらって照れて赤くなるところは最高に可愛いです。「群衆」は彼への愛を持って接する映画です。彼をどのくらい好きになれるかが、この映画の価値を決めるワンポイントです。

 本作は、映画だからできた、映画ならではの美学に満ちた作品です。場面から場面への移り変わりの見せ方は、僕もかなり勉強させてもらいました。キャプラの映画を見ていると、カットつなぎに必ず動機付けがあることがわかります。ディゾルヴで軽快に場面を展開させていく妙味にはほれぼれしてしまいました。うまいですね。
 雨の中、クーパーが群衆の前でスピーチをするシーンは、映画美学の極みでしょう。あることがきっかけで凄い勢いで場内が修羅場と化します。クーパーは罵声を浴びせられ今にも殺されそうです。もう涙なしには見られない凄まじい映像です。あれだけの群衆を一手に演出したキャプラの才能には脱帽するしかありません。

 キャプラ映画が素晴らしいのは、作品に魂を感じるからなのですが、「群衆」はまさに魂の塊です。これぞ<キャプラタッチ>の完全形態です。

 

 

 

第96号掲載