多重露出の映像がシーンを盛り上げる
「多重露出(露光)」は2つ以上の画面を重ねること。これは極めて映画的な演出である。なぜなら、演劇や小説では普通はできない。ゆえに映画誕生期には面白がられてよく試された。 フランスの奇術者ジョルジュ・メリエス(左写真)は、多重露出に最初にこだわった男として、幸運にも映画史に名を残す偉人となる。
多重露出でありがちなのが、亡霊の映像。役者の映像を半透明に見せる技法だ。実際メリエスやドイツ表現主義派の作家たちもその技法を使った作品を残している。
やがて、多重露出という効果そのものが、作品のシチュエーションを表現するようになるが、その確固たるひな形を形成したのが、やはりソ連のモンタージュ作家たちである。フランスのルネ・クレールもまた、アバンギャルドな作風で観客を戸惑わせている。しかしそれらは実験的な意味合いが強いものばかりだった。
多重露出のシーンを見事に映画の一部として溶け込ませ、かつシチュエーションを盛り上げることに成功した最も偉大な人物は、ヒッチコックだろう。彼のテクニックは真新しく、洗練されていた。そして何より多重露出の映像がその場面に無くてはならないものとなっていた。
彼のサスペンス第一作となった「下宿人」(写真)はその意味において最も衝撃的であった。二回の部屋で容疑者がうろうろしている様子が、下の階から天井を透き通して見える(多重露出)というもので、サイレント映画でありながら、足音が聞こえてくるような感じであった。
ヒッチコックを尊敬するスピルバーグは、初めての本格的な長編映画「激突!」を作るとき、構図から何まで、野心的に色々なことを試している。そして当然のこと、多重露出にも手を出している。それが右の写真である。高速で走り抜けるスピード感ある映像に、不安げな主人公のクロースアップをかぶせることで、より恐怖感をかき立てさせたのだ。
最後に紹介するのは名作「嵐が丘」(写真)。山の向こうの方に二人の主人公が半透明になって見える。これは先ほど書いた亡霊の手法であるが、ラストシーンに多重露出を使ったものとしては、たぶんもっとも感動させられる出来栄えである。

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