週刊シネママガジンDVD/ガイドぼくの美しい人だから

FILE8 ぼくの美しい人だから

 とくに大事件が起きるわけでもない。ただ43歳の女と27歳の男の恋愛という一本の筋を通しただけのドラマである。結末だけが映画的過ぎる気がするが、余計なサブ・ストーリーを減らした分リアリティがあり、男と女の気持ちがよく見えてきて、身につまされるものがある。映画評論的見地からいえば、映像も平凡で、描き方に映画的な妙味があるわけでもなく、水準程度の作品ではあるが、このストーリーは僕にとってはとても他人事とは思えず、最後まで胸をしめつけられながら鑑賞させてもらった。映画を評論する上で、映画の芸術的側面や、商業的な意義について書くことも大切だが、映画を見たことで、鑑賞者の気持ちが揺れ動いたのであれば、時には映画の内容から脱線したような感情的な感想も必要ではないかと思う。そこで、ここでは僕がこの映画を見て自分が感じたことを、客観を排除してまったくの主観だけで書かせてもらう。
 主演はスーザン・サランドンとジェームズ・スペーダーの2人。スーザン・サランドンは、43歳の年増。ちゃんとした職業につけず、今はハンバーガーレストラン<ホワイトパレス>のウェイトレスである。ジェームズ・スペーダーは、27歳の男。エリート社員で、独身主義者。この二人が、ひょんなことから出会い、結ばれる。しかしその年の差は16歳。お互いに好き同士ではあったけれども、釣り合わず、うまくいかない。この映画はその2人の関係のもどかしさを描いた作品だ。僕が今回書きたいのは、この映画でのスーザン・サランドンとジェームズ・スペーダーの関係が、僕のそれと共通していたことだ。このホームページで、僕は自分の付き合っていた女性のことについて一度たりとも書いたことがないが、ここで初めて書かせてもらう。実は僕は13歳年上の人と付き合っていた。出会った人がたまたま13歳年上だったというだけで、彼女の年齢は別に僕にとっては年上でも年下でも構わなかった。恋愛には年の差は関係ないと思っていたからだ。しかし、現実は違った。だから、僕はこの映画の主人公2人の気持ちが痛いほどによくわかる。この映画の中でのジェームズ・スペーダーは僕と似た考えを持っていたし、同様に僕の彼女もスーザン・サランドンと同じ気持ちだったであろう。僕はジェームズ・スペーダー側の人間だが、この映画を見て、スーザン・サランドン側の人間の気持ちについても考えさせられた。
 この映画のジェームズ・スペーダーは、彼女といるととても幸せだが、彼女のことを誰にも紹介しようとしない。16歳年上で煙草も吸うし、みっともない女だから、2人で歩いているところを見られるのが恥ずかしいからだ。スーザン・サランドンにとってはそのことが悲しかった。どうして付き合ってくれているのかわからなかった。
 おそらく僕もジェームズ・スペーダーと同類だった。13歳も年上の彼女がいるなんて、恥ずかしいから、学生時代の親友にしか話せなかった。周りの人には詮索されたくなかったから黙っていたし、親にも絶対に言えなかった。でも、2人で一緒にドライブしたり、家で映画を見ているだけでも最高に幸せだった。「愛こそはすべて」とはこのことだと思っていた。そして、このまま月日だけがずるずると過ぎていった。いつも何も変わらない付き合いを続けていたが、僕はそれでも満足だったし、浮気もしなかった。しかし彼女の考えは違った。彼女は結婚を望んだが、僕は今のままの関係を望んだ。彼女はこの関係がとても辛かったに違いない。僕は彼女の人生のことを考えず、自分の身勝手で付き合っていたようなものだったことを気づかされた。本当に長い間引きずって悪いことをしたと思う。スーザン・サランドンはジェームズ・スペーダーのことが好きだったから、この関係に疲れて、彼のもとから去っていったが、これは僕の彼女も同じだった。
 もう何度思い出したか。彼女は僕のよき理解者だった。エゴイストでダメ男の僕をあれだけ愛し、尽くしてくれた人はいなかった。本当に会って良かったと思っている。彼女のお陰で人生観も変わったし、幸せだった。彼女がいなくなったときは、自分の部屋にあるもの、テーブル、ソファ、炊飯器、そのすべてがむなしく見えたものだ。こんなに僕の部屋は静かで暗い所だったのかと。寂しさのあまり涙もこぼれた。今彼女は何をしているのだろうか。これを見てしんみり思った。


「僕の美しい人だから」

ユニバーサル・ピクチャーズ・ジャパン
980円
ディスク枚数 1枚

Disc1:本編のみ

映像再生品質:A-
音声再生品質:B+
特典充実度:-
コストパフォーマンス:A

2006年4月21日