アメリカ映画には数限りなくキス・シーンが氾らんしており、観客も食傷気味である。今の映画のほとんどは、ストーリー上においてキス・シーンがたいして意味をなしていない気がする。だが、アンダーウッドの描くキス・シーンは、これらとは違う。まるでキャプラ映画のキス・シーンのごとく、映画の秘訣が凝縮されており、なくてはならない要素なのである。
 「トレマーズ」のケビン・ベーコンとフィン・カーターの最後のキス・シーンは、80年代のベスト・キスにあげたい。この映画は、巨大な地底生物に人間が襲われるという低予算の特撮ホラー映画で、見せ場はもっぱら恐怖シーンなのだが、それなのにこのキス・シーンには感動がある。一見本編と関係のない付録のようなシーンだが、実際は最も重要な演出効果となっている。
 本作の舞台は、砂漠の町である。広大で、開放的な空間である。ところが、そこに怪物が侵入することで、舞台が一転して閉鎖的な空間となる。映像は見た目は開けているのに、生理的に窮屈さを覚えるのである。恐怖シーンのほとんどは、その閉鎖的な感覚に助けられているが、アンダーウッドの演出には遊び心もあり、岩から岩へ棒高跳びするシーンなど、ときおり開放的な見せ場をいれて、窮屈な中にいっときの清涼感を提供している。
 クライマックスでは、大暴走と断崖絶壁転落という見た目にも豪快な映像で、それまでの息苦しさを、一気に発散させる。そして、舞台が本来の開放感を取り戻し、続く問題のキス・シーン(映像はアップからロングになる)をすがすがしい名場面にしたのである。ところどころの息抜きの場面で、キューピッド役フレッド・ウォードが2人の態度を見てニヤニヤするところも、ラストまでのうまい伏線となっていた。
 実のところ、オリジナル版には、キス・シーンがなかった。アンダーウッドの意思としては、恋はほのめかす程度にしておきたかったのだが、あそこまで来てくっつけないのは欲求不満になると、急きょキス・シーンに変更した。お互いに、自分はもてないと思いこんでいる二人のピュアな恋心が、ベーコンの一瞬の「思い切り」で実を結ぶ。二人の目と目がふっと合って、とてもドキドキさせるキス・シーンである。そのまま映画はフェード・アウト。アンダーウッドは後に「あれはもうキスさせるしかなかった」と回想しているが、以来、キス・シーンがアンダーウッド作品のエンディングの定番となった。

 

原題:Tremors(振動)
製作年:1989年
製作国:アメリカ(ユニヴァーサル)
監督:ロン・アンダーウッド
出演:ケビン・ベーコン、フレッド・ウォード、フィン・カーター、マイケル・グロス、ヴィクター・ウォン、アリアナ・リチャーズ
主題歌:リーバ・マッキンタイア
上映時間:96分
DVD

ロン・アンダーウッド監督の映画
「シティ・スリッカーズ」(91年/米)
「愛が微笑む時」(93年/米)
「マイティ・ジョー」(98年/米)