恋する惑星

 カーワイ監督は、「恋する惑星」を発表する以前から、すでに人気監督の地位に上り詰めていたが、そこにサクっとこのような小品を発表し、ささやかに天才ぶりを発揮するから凄い。僕が感心したのは、香港映画のしきたりを無視した自由奔放な作風である。手持ちカメラによる無邪気なカメラワークは、フランソワ・トリュフォーの即興演出を彷彿とさせるし、手ぶれがかえって魅力的である。サウンドエフェクトも安っぽく、音が割れてしまっているが、その雑さが詩的効果を上げている。プロにして、ここまでアマチュア・テイストを醸し出せてしまうのは、才能としか言いようがない。

 この映画が高い人気を獲得した決め手は、観客のセンスに訴えかける作品だったからではないだろうか。その意味ではあえて映像を粗くするクエンティン・タランティーノの作品にも通じていると思う。原色を多用した色遣い、ドライなムード、小粋なモノローグ、エキセントリックな音楽。4人の登場人物たちの行動は、冷静に考えればまっとうとは言えないが、何違和感なく受け入れられてしまう。4人の行動は、いわば詩みたいなもの。恋する気持ちを感覚的に描写することで、観客の恋愛感情を呼び覚ましている。あきらかにフィクションなのだが、「もしかしたら」というリアリティがあり、作り物なのに本物ぽく、わからないようでよくわかる。ちょうどよいバランス感覚が共感を呼ぶのだ。4人の登場人物たちがなんと可愛らしいか。本当に素敵な夢空間だ。

 スター歌手のフェイ・ウォンは、ミュージック・ビデオを作っていたカーウァイ監督と意気投合し、彼の招待で映画初出演となったのだが、「勝手にしやがれ」のジーン・セバーグを思わせる好演で、彼女の歌う「夢中人」は日本でも評判になり、結婚式披露宴のBGMの定番となった。
 

恋する惑星
原題:重慶森林/Chungking Express
製作年:1994年
製作国:香港
監督:ウォン・カーウァイ
出演:トニー・レオン、フェイ・ウォン、金城武、ブリジット・リン
上映時間:100分
「恋する惑星」DVD
2004年7月11日